ふすまの張替えページ

飯田市のふすまの激安張替えキャンペーン!

ふすまが汚れてきたり穴が空いたら激安価格で張替えましょう。電話一本でスピード対応致します。ふすま紙の張替え1400円(税込1540円)~。とにかく安い!
穴の補修や新調も対応致します。まずは無料お見積り!安い襖張替えなら和室リペア工場でお得に貼替えましょう。襖屋・表具店のお仕事ならお任せ!

ふすま張替えの作業流れふすまの張替え激安価格
ふすまの張替え 1400円~(税込1540円)~
1枚サイズ 180cm×90cmまで
天袋 980円(税込1078円)~
お申し込み 2枚から受け付けます
配送料 込み
材料費 込み
手間賃 込み
注意 傷みがあるふすまは補修費がかかる場合がございます。
サイズが上記以上の場合は別途お見積りになります。

飯田市たたみ替え
2000円(税込2200円)~

格安畳表替え値段

畳張替え期間限定 2000円(税込2200円)~
畳裏返し 1890円(税込2079円)~
畳サイズ/1帖176cm×88cmまで
4.5枚から受付けています!

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飯田市ふすま替え
1400円(税込1540円)~

激安ふすま替え料金

襖張替え1400円(税込1540円)~
サイズ/片面1枚90cm×180cmまで
2枚から受付けスタート!!!!
天袋はりかえ 980円(税込1078円)~

詳細を確認する

飯田市しょうじ替え
1400円(税込1540円)~

障子張替え

障子張替え1400円(税込1540円)~
障子サイズ/1枚90cm×180cmまで
2枚から受付けスタート!!!!
欄間はりかえ 980円(税込1078円)~

詳細を確認する

飯田市あみど替え
1400円(税込1540円)~

安いあみど張替え料金

網戸張替え1400円(税込1540円)~
網戸サイズ/1枚90cm×180cmまで
2枚から受付けスタート!!!!
ゴム交換は別途費用です

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お客様和室ギャラリー

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その他襖商品のご紹介

襖引手(取っ手)交換も対応可能

襖の引手ご紹介

襖のリペア絶賛キャンペーン中です!引手についてもお気軽にお問い合わせください!画像はイメージです

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襖紙各種お取りそろえあります

襖紙のご紹介

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飯田市の紹介をします

 飯田市は長野県内にある市のなかでもっとも南にあります。「南信州広域連合」に属する市町村のなかで最大の自治体です。人口は10万人以上で、県内では長野市、松本市、上田市に次ぐ規模の市です。  飯田市は江戸時代には飯田藩の城下町として栄えました。「現在はリンゴ並木と人形劇の街」をキャッチフレーズとした町づくりがされています。飯田市は今でも城下町としての面影や雰囲気に包まれ、伝統芸能の多さから南信州の小京都とも呼ばれます。  飯田市の気候は冷涼な長野県の中でもっとも温暖で、冬季に真冬日になることは少ないです。夏は暑く、猛暑日になる日も多いです。特に天竜川沿いは全国的にも酷暑な場所として有名です。日中は暑いですが朝晩は涼しくなり、過去に熱帯夜が記録されたことはありません。  飯田市への交通手段は中央自動車道、あるいはJR東海の飯田線を利用することになります。飯田線は単線のローカル線なので利用頻度は低く、公共交通機関は中央道の高速バスの利用が大部分です。  飯田市の名所は「遠山郷」と呼ばれる、「遠山温泉郷」と「しらびそ高原」のエリアが有名です。「日本のチロル」と言われる、傾斜が30℃の山里にある「下栗の里」は全国的にも名高いです。日本発の隕石孔の「御池山クレーター」でも知られています。

紙を貼った襖も襖絵も日本の文化遺産のひとつです

障子もそうですが、襖もまた紙を利用した日本の建築の中で大事な遺産です。しかし、明治時代は戸襖というのもあり、木の板でできた襖もあったようです。さて、襖も障子同様、木の枠に紙が貼られますが、障子のように向こうからの明かりが漏れてはいけない紙が貼られています。しかも、障子紙は消耗品なので、ほとんど無地のものが利用されているのに対して、襖は部屋と部屋の間仕切りに利用されたり押入れの戸などに利用されました


実際、襖は明かり障子より歴史は古く平安時代からのようです。当時寝殿造りの建物の中で使われた几帳や屏風のような調度品の上張りには絹が利用されていたのですが、中国から唐紙が入るようになって、絹の代わりに唐紙が使われるようになったという経緯があります。さらに、唐紙の上に大和絵が描かれ、本来の間仕切りの役目、防寒の役目から装飾的な要素が加わって、当時の貴族たちのあいだに浸透してゆきました。これが襖の原型です。


最初の頃、襖は唐紙障子とよばれ、部屋を間仕切る用途に利用されていました。その後、引違いにする遣戸障子が誕生し、鎌倉・室町時代の書院造りの誕生とともに、現代のような襖が完成したといわれています。桃山時代はさらに豊かな時代に移行し、貴族だけの文化ではなくなり、大名の屋敷にもそのおかかえ絵師の手によって、水墨画や大和絵に金箔がほどこされた豪華な襖が作られ室内を飾りました。今も京都などのお寺で見事な襖絵を見ることができます。


江戸時代も半ばになると、戦争や内乱のない穏やかな時代になったおかげで庶民も次第に豊かになり民家に明かり障子が利用されるようになり、商家には襖も使われるようになりました。しかし、庶民が使う襖ですから襖絵も豪華なものでなく淡白なものへと変化してゆきました。明治以降、西洋建築が流行し、和洋折衷の家が増えたことで、襖の文化も一層美術品としての役割を卒業し、大正昭和の時代は量産された紙を貼った襖が一般家庭に広く浸透しました。


浸透した理由というより、今も広く利用されている真の理由は、襖が軽くて開け閉めが楽だということは大きいですし、破れても、破れたところを補修した上に新しい紙を重ねて張ることで新しく見えます。使い捨てしない日本の文化の合理性そのものだからです。化学のりが発達したせいで、襖貼りも簡易的な方法で素人でもできるようにホームセンターなどで材料が売られていますが、今も専門の職人が、本格的な襖はりの仕事を伝承しています。

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